可視光レドックス触媒
現在可視光レドックス触媒による反応開発は研究の一大分野として知られている。
ここでは比較的よく見かけるRu錯体とIr錯体について紹介する。
図1. 代表的な可視光レドックス触媒:Ru錯体とIr錯体。論文で見ない日はない。
近年では論文で見かけない日はないが、ここまで広く用いられるようになったきっかけの論文は、MacMillanらによる有機光触媒とRu触媒の協働反応だろう。(参考文献1)
原点にして頂点であるこの美しい反応を皮切りに、様々な化学者が光触媒を用いて反応を開発するようになった。
ちょっと勉強がてら有機光触媒についてまとめてみたい。
可視光レドックス触媒って何?
可視光レドックス触媒は次のような特徴を持つ。
1. 可視光で励起される。
触媒のHOMOとLUMOのエネルギーギャップがある程度小さく、可視光程度のエネルギーで十分励起できることを意味している。
2. 励起状態が比較的長寿命
可視光で励起されても、すぐに蛍光を放ったり熱に変換されたりしてしまっては他の分子を酸化還元することができない。ある程度の励起寿命が必要になる。
よく用いられるRu錯体やIr錯体は一重項の電荷移動状態から項間交差(ISC)を経て三重項の電荷移動状態を取る。
三重項の電荷移動状態から基底状態への遷移は禁制遷移であるため、励起状態が比較的長寿命となる。といってもナノ秒オーダーだが
図2. 可視光を吸収して励起するRu錯体。三重項の電荷移動状態は比較的長寿命
3. 励起状態で電子移動による酸化還元反応が起きる
励起状態ではLUMOの電子が一電子還元を、HOMOの空軌道が一電子酸化する事ができる。(図3)
この時の酸化還元電位は中心金属や配位子によってチューニングする事ができる。
RuとIrを比べるとIrの方が励起波長が短く、酸化還元電位の差が大きい。
4. 励起状態がクエンチされて生じる触媒種によって、先ほどとは逆の酸化還元反応が起きる。
励起状態の触媒*Ru(II)が還元されると強い還元力を持った触媒種Ru(I)が発生し、別の分子を還元して基底状態の触媒Ru(II)が再生する。(図3. A)
図3. (A) 励起状態がほかの分子を酸化するサイクル
また逆に励起状態の触媒*Ru(II)が酸化されると酸化力の強い触媒種Ru(III)が発生し、別の分子を酸化して基底状態の触媒Ru(II)が再生する。(図3. B)
図3. (B) 励起状態がほかの分子を還元するサイクル
いずれのサイクルでも触媒の酸化反応と還元反応の両方が起きる。
どんな反応ができるの?
挙げだすとキリがないので私のお気に入りを二つ紹介。
・シクロプロピルアミンとスチレンの環化反応(参考文献2)
図4. 可視光レドックス触媒による[3+2]環化反応
ラジカルカチオンが開環して、β位にラジカルを持つイミニウムが発生する。ラジカルがスチレンに付加して、発生したベンジルラジカルはイミニウムに付加して、また目的生成物のラジカルカチオンが発生する。
このラジカルカチオンは触媒にクエンチされると論文には書いてある。(多分実際は別のシクロプロピルアミンでクエンチされるチェーンメカニズムが主だと思うけど)
きれいな反応ですよね。^_^!
・アミンとシアノアレーンのカップリング(参考文献3)
シアノアレーンの還元とアミンの酸化を上手く使った反応。
アミンのα位の炭素水素結合が切れて、シアノアレーンのシアノ基が外れて反応する。
図5. アミンとシアノアレーンのカップリング(参考文献3より引用)
酸化も還元も使える光触媒ならではの反応。すっごく綺麗!!
可視光レドックス触媒のココがすごい!!
最近流行の可視光レドックス触媒、すごいところを列挙してみた!!
・通常ではなかなか共存できない強力な酸化と還元を同じ系内で扱える
一電子酸化剤と一電子還元剤を混ぜると普通、電子移動が起こってどちらも不活性化してしまう。
しかし光触媒ならば、前述のように酸化剤と還元剤がどちらも働くような反応を設計することができる!!その結果、ほかの手法では達成が難しい分子変換がしばしば可能になる。
・電子移動反応が触媒で回る
普通の電子移動反応は酸化だとCANやDDQ、還元だとサマリウムや亜鉛などの安全とは言い難い試薬を化学両論量以上用いなければならない。
一方、可視光レドックス触媒を用いた反応はそういった試薬を用いずに電子移動させることができる。しかも酸化も還元も両方できる。
エコだし、強力だし、器用。すごい!
・エネルギー的に不利な反応も進行しうる。
通常の触媒はエネルギー的に不利な方に反応は絶対に進行しない。
これは触媒の宿命であった。
しかし、光触媒ならこの宿命を打破することができる!
光エネルギーを反応系に与えるのでエネルギー的に不利な反応も進行しうる。
反応の強力な駆動力になることは間違いない。
こう列挙するとなんで最近まで注目されていなかったのか不思議ですね。。。(^_^;)
流行が止まらない可視光レドックス触媒
他の既存化学を可視光でまわるようにしただけのあまり面白くない反応が多くて、玉石混交状態の可視光レドックス触媒による反応開発。
当然、面白い反応もたくさんあるが、とりあえずMacMillanの反応を追いかけておけば間違いない。
研究者の研究で取り上げる予定なので此処では多くは割愛するけど(^_^;)
ひとつの触媒が酸化も還元もするので、上手く使えばかなり面白い反応が可能になる。
基質の酸化還元電位と触媒の酸化還元電位をしっかり把握して反応を設計する事が重要だろうな(^○^)
まどまだやれる事あるだろうからこれこらどんな発展があるか楽しみです☆
●他のおすすめ記事はこちら
関連記事
(1) David W. C. MacMillan, 第三回:SOMO activation 、可視光レドックス触媒~電子移動反応への旅立ち~
(2) JACS誌:光でトリフロオロメチル基をアルキル化する
(3) ラジカルカチオン・ラジカルアニオン・カチオン・アニオン・ラジカル:それぞれの関係性
(4) 可視光レドックス触媒と酵素の協働による不斉還元:Cyclic Reaction Network
(5) 可視光レドックス触媒の反応装置SynLED:使用レビュー
参考文献
(1) David A. Nicewicz, David W. C. MacMillan, Science 2008, 322, 77.
(2) Maity, S.; Zhu, M.; Shinabery, R. S.; Zheng, N. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 222.
(3) McNally, A.; Prier, C. K.; MacMillan, D. W. C. Science 2011, 334, 1114.
コメント
エネルギー的に不利な反応も進行するということはないのではないでしょうか.