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可視光レドックス触媒の反応装置SynLED:使用レビュー

 
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SynLED使用レビュー

可視光レドックス触媒反応どんな装置用いる?

空前絶後の大ブーム可視光レドックス触媒反応。

何を隠そう私も参入しておりまして、なかなか楽しく研究しております。ただ、どんな光源を用いて、どんな風に反応を仕込めばいいのか、とっつきにくいところもありますよね。我々はケムステさんのこの記事を参考に装置をセットアップしました。どこの研究室もだいたい最初は、どんな装置にするか試行錯誤するのではないかと思います。

ここで問題となるのは、現状各研究室が独自のセットアップを用いて研究をしているということ。これは新規の参入障壁になりますし、実験の再現を取りにくい理由にもなります。

そんな背景の中、メルク様からSynLEDを貸していただき、使用感想をレポートするということになりました。はい、お察しの通り企業案件です。SynLEDは可視光光源を用いた光反応の装置で、光源・冷却ファン・遮光板・16か所の反応容器の置き場がパッケージ化されたものになります

装置の写真は以下の通り。

図1. SynLEDの見た目。めちゃくちゃCool! Merck, Aldrich ウェブサイトより転載

めちゃくちゃかっこいいですね!でも見た目の良さより、実際の使い心地が気になるところ。

今回は実際にSynLEDを使った実験結果と、使った学生の感想を併せて、SynLEDのレビューをしたいと思います。忖度は一切してないのでご心配なく!

 

実験結果

今回我々が開発中の光反応を二つSynLEDで反応を行った(反応A、反応B)。

反応Aについては通常の通常のシュレンクとLEDのセットアップで85%単離収率のものが、今回の装置で定量的に進行していることをNMRで確認した。反応Aについては、普段のセットアップと同等かそれ以上の収率で目的物が得られ、再現が取れたといえる。一方で、反応Bについては、通常のセットアップで90%目的生成物が得られる反応が、SynLEDを用いた場合、収率36%となり、明らかに収率が低い結果となった。


図2. いつものセットアップとSynLEDを用いた場合の実験結果

 

SynLEDの良い点

一言でいうと「実験がちょー楽!」

反応を仕込んだバイアルを穴に置くだけなので、たくさん仕込むことも楽だし、コンセントは一つでいいし、遮光も含めて反応装置が圧倒的にコンパクト。いちいち装置をセットする必要がない。つまり、1反応あたりの労力が極めて小さくなる。これがSynLEDの最大のメリットだろう。これは実際に使用した2名の学生の両者が一番いい点に挙げていた。

また普段のセットアップだと、ちょっと実験が混むと電源コードがいっぱいになるし、遮光も装置全体を段ボールで覆っているので、かなりスペースを要していたんだよね・・・それに比べ、SynLEDは本当にコンパクト。これは本当に大きな利点です。

 

SynLEDの問題点

一方SynLEDには問題点もいくつか感じた。問題点は以下の三つ

反応容器が小さいもので固定

SynLEDは反応バイアルを置く穴の大きさが固定されているので、反応容器のサイズがほぼ固定されてしまう。この点も、我々にとって小さくない問題点であった。反応A,Bとは別に開発している光反応Cについては、濃度がある程度低いことが重要であることがすでに分かっていて、ある程度大きなバイアルで反応を仕掛ける必要があるため、SynLEDを用いて再現実験をすることができなかった。パッケージ化と汎用性は相反するところがあるが、なんとか両立を目指す改良を待ちたい。

熱が発生する。室温をキープすることは難しい。

反応後は装置に触ると、体感でお風呂くらいの温度なっていた。発熱にくらべファンの冷却力が低いのだろう。SynLEDを用いる限り、厳密な温度制御は難しいと思われる。室温で反応を仕掛けても、この昇温は室温の範疇に入らないレベルなので、論文で室温表記することはできない。また、反応Bについて普段のセットアップを用いた場合の収率を再現できなかった理由は、詳しい原因は不明であるものの、この昇温による可能性がある。

*スターラーの上で使うとファンの効きがわるくなって、冷却力がおちるかも、との情報をいただきました。私はスターラーの上において使っていたので、そのあたりの影響があるかもしれないです。

アルゴンフローができない

SynLEDは反応溶液を密封した容器に光を当てる装置で、特にアルゴン気流下で反応を仕掛けることは、特別な工夫をしない限り難しい(できたとしても現状ではSynLEDの手軽さという利点が失われる)。反応Bを検討してくれた学生が「どうも空気が入りそうで、うまくいったときはいいですけど、うまくいかなかったときに自信が持てないです」という感想を述べていた。慣れが大きい部分と思われるが、不確定要素の排除がどこまでできるかで、実験の信頼性が変わってくるので、この懸念は妥当だ。失敗したときに装置を疑う可能性が出てくるとすれば、その検討は本末転倒になるので、SynLEDで検討するときは、多少の空気や水が入っても影響がない検討に用いる方が好ましいようだ。

 

総評

上記の問題点から、私としては今検討している光反応をすべてSynLEDに置き換えようとは思わない。主な検討はこれまでのセットアップで行うだろう。

一方で私はSynLEDに可能性を感じてもいる。というのも反応Aについて再現を取ってくれた学生が反応Aの再現を取るとき、ついでに溶媒や当量比など条件の異なる別の4つの反応を検討してくれたのだ。学生曰く、普段の実験セットアップに比べると、かなり楽になったとのこと。この点は本当に優れている、と私も実験風景を見て思った。

私がSynLEDを使うとしたら、研究初期、大雑把な反応スクリーニングで用いるだろう。というのも、SynLEDを使うと再現性がとれない反応があることを述べたが、反応が全く進行しなくなるようなことは原理上考えづらい。反応が進行するか、進行しないかを調べるだけならば、SynLEDの手軽に大量の反応を検討できる性質が大いに役立つだろう。基質、触媒、溶媒、添加剤などで、反応が進行するかどうかを手早く評価することができるようになるだろう。

大雑把なスクリーニングが楽な点は、研究の戦略を変える可能性を秘めている。ここまで一つ当たりの反応が楽ならば、ランダムスクリーニングの負担を減らすことができる(まぁ、それをもっと極端にした自動合成装置が存在するわけですが、あれは気軽に導入できないし)。

今の光反応をSynLEDで全部やろうという発想より、SynLEDにあった研究を取り組む、という使い方が効果的だと思います。

 

上位機種もあるらしいよ

という感想でしたと、Merckの方に伝えると、

「スケールや発熱の問題解決したPenn PhD Photoreactor M2 もあるよ!」との連絡をいただいた。Web上では982000円!日本で何台あるのかな?持っている方は感想求む。

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(1) 可視光レドックス光触媒 / visible light photoredox catalysts :Ru錯体とIr錯体

 

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