David W. C. MacMillan, 第三回:SOMO activation 、可視光レドックス触媒~電子移動反応への旅立ち~
David W. C. MacMillan, 第三回:SOMO activation 、可視光レドックス触媒~電子移動反応への旅立ち~
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前回ではカリフォルニア時代を追ったが、その大部分はMacMillan触媒を発明、それを用いた反応を開発していくことがメインの仕事であった。
その時の戦略は以下のようなものであった。
・古典的な分野の反応開発は、基質範囲の拡大と別の軸で戦う。
・新たな軸を打ち出すときはかっこいい言葉で売り出す。
・新たな軸を確立したら、そこで基質範囲拡大。
MacMillan研の開発スピードは速く、あっという間に様々な反応にMacMillan触媒が適用されることになった。
このままMacMillan触媒を用いた反応の基質を増やすだけでも一流の研究者であったと思うが、超一流のMacMillan先生はそれで満足するわけがなかった。。。
MacMillan先生は新天地でどのような化学に取り組むのか。
今回はプリンストン大に移った直後の2007年から2010年の仕事を追いかけてみたい。
SOMO activation
アミン触媒がアルデヒドと反応するとイミニウムが生じることは教科書にものっている。
Macmillan先生はイミニウムはアルデヒドの求電子性を上げているとみなせるのでこの活性化様式をLUMO activation と位置付けた。
また、このイミニウムが脱プロトン化しエナミンが発生すると、求核性を向上させているとみなせるので、この活性化様式をHOMO activationと位置付けることができる。
一般的にはこの二つの活性種がアミン触媒の作用機構であるが、MacMillan先生はエナミンを一電子酸化することで発生したラジカルカチオン種に注目し、この活性化様式を「SOMO activation」と位置付けた。
分子の見た目はエナミンと変わりないが、電子を一つ奪っているのでカチオン性であり求電子性を有する。
図1. アルデヒドのアミン触媒による活性化様式。右がSOMO activation (参考文献1より引用)
もっともこのような活性種はすでに古くから合成的に利用されている。(参考文献1)
しかしながら、このほぼ忘れかけられていた化学がMacMillan触媒と出会い、触媒的不斉反応の新たな戦略に昇華することになった。
それが2007年Scienceに報告された反応。(参考文献2)
アルデヒドとMacMillan触媒から発生したエナミンをCANで一電子酸化し、発生したラジカルカチオン種をアリルシランでトラップする。アルデヒドのα位に求核剤を反応させたことになる。
図2. 有機触媒と一電子酸化剤によるアルデヒドの不斉アルキル化 (参考文献2より引用)
当時加熱していた有機触媒を用いた不斉反応開発に一電子酸化を持ち出したことはまさしく画期的であった。
MacMillan先生もかなりこのケミストリーに可能性を感じたようでさまざまな応用をしばらく報告することになる。
アルデヒドに対し求核剤を検討した例。
参考文献3
a) シリルエノラート 2007
b) スチレンの二官能基化 2008
c) ボレートによるビニル化 2008
d) 分子内フリーデルクラフツ反応 2009
e) ニトロアルカンとの反応 2009
f) ハロゲン化 2009
図3. SOMO activationに基づくアルデヒドのα位不斉修飾
ほかの拡張例
参考文献4
a) ケトンを基質として利用 2010
b) 分子間環化 2010
図4. SOMO activationに基づく反応の展開 (参考文献4a,4bより引用)
すげー。。。新たな反応がザクザク見つかる。(^O^;)
かなり早いペースの研究ではないだろうか?
しかしこれだけで「すごいなー」と思ってはいけない。。。
革命:可視光レドックス触媒
かなり画期的着眼である一電子酸化と有機触媒の協働系。
普通の化学者なら基質を振る作業に邁進するだろう。
当然MacMillan先生も軸を打ち出した後は基質を振りまくるので、上にあげたようなSOMO activationの応用反応を次々に報告している。
しかしMacMillan先生はなんと電子移動と有機触媒の協働系においてさらに画期的なアイデアを最初のSOMO activationの論文からわずか一年で報告している。
そう、今では見かけない日はない可視光レドックス触媒である。
SOMO activationはエナミンを一電子酸化することが鍵であるが、必然的に化学量論量の一電子酸化剤を必要とする。
原理的に面白くても、実用化やさらなる発展を考えると障害になる可能性は高い。
MacMillan先生は化学量論量の一電子酸化剤を用いない電子移動反応として光触媒に注目。
今となっては有機合成の基本的ツールとしてとらえられている可視光レドックス触媒であるが、当時は光反応といえば紫外光のイメージであった。
それが可視光で精密な不斉反応が進むようになるなど思いもしないことであった。
その最初の報告が2008年に発表された有機触媒と光触媒の協働反応でアルデヒドと活性アルキルハライドの不斉カップリング(参考文献5)。反応機構を見てみよう。
・光触媒がアルキルハライドを還元し、ラジカル5が発生
・ラジカル5は電子不足ラジカルなので、アルデヒドとMacMillan触媒から発生したエナミン8に付加。
・そうして発生したラジカル9は励起された光触媒によって一電子酸化されイミニウム10が生成。
・10は水と反応して生成物と触媒を与える。
図5. 有機触媒と可視光レドックス触媒の協働反応。芸術。(参考文献5より引用)
美しすぎる。。。(TOT)
まさに芸術。
この反応から可視光レドックス触媒が本格的に有機合成に用いられるようになった。
有機合成の新しい扉を開けたといってもいいだろう。
この反応についても基質の拡張をすぐにおこなっており、トリフルオロメチル化やベンジル化を報告している。(参考文献6)
力を入れてきた全合成
腰を落ち着けてじっくり研究する余裕が出てきたからか、全合成にも力を入れるようになってきている。
今までのMacMillan触媒の知見をフルに生かした合成でいずれも驚異的な効率で天然物を不斉合成している。
全合成はあとでまとめて別の記事にします。(^_^)
David W. C. MacMillan, 第三回:SOMO activation 、可視光レドックス触媒~電子移動反応への旅立ち~のまとめ
2007年から2010年に発表された論文の一部を紹介したが、この4年で発表された論文は重要なものが多すぎる。
SOMO activationで示された有機触媒と電子移動反応のハイブリットは有機触媒反応を新たなステージへ導いた。
また可視光レドックス触媒を精密合成へ応用した点は革命の一言だろう。
で何がすごいかって一電子酸化剤を用いた反応から一年たたずに可視光レドックス触媒を用いた反応を報告していることだ。
思いついたとして試せるだろうか?ほかに未開拓のおもしろそうな反応が転がっているのに。
そのためにわざわざ光源を買って試そうとするだろうか?
私には無理です(-_-;)
この辺が多分、研究者の器みたいなものなのかもしれませんね。。。
ただやっぱりMacMillan先生の基本戦略は常に変わらない
・新しいこと始めるときは自分のこれまでの化学にひとつだけ新しいものを足す。(電子移動とか可視光レドックス触媒とか)
・かっこいい言葉で売り出す。
・基質を振る
これに尽きる。
自分のバックグラウンドに関係ない仕事はこの期間一報もない。
確かに一歩ずつ前に進む研究。
別のとらえ方をすると革新的な一歩を刻むMacMillan先生でも突然何か全く関係ない分野で成功するのは難しいということだろう。
ましてや私のような凡人が知らない分野で何かやっても、うまくいかないであろうことは容易に想像つく。
チャレンジな研究というと、つい知らない分野に飛び込もうという風に思ってしまいがちであるが、それは無謀であり先人たちを舐めた姿勢なのだろう。
自分のバックグラウンドに一つだけ新しいアイデアを足す。
自分も見習い常に心掛けていきたい(^O^)
にしても研究の歩みがはやい。
この短い期間に電子移動へ一歩進み、さらに可視光レドックス触媒に一歩進んだ。
次はついにMacMillan触媒から徐々に足を離すことになっていく。
化学は誰もいない場所へ、、、、!!
参考文献
(1) K. Narasaka, T. Okauchi, K. Tanaka, M. Murakami, Chem. Lett. 1992, 92, 2099.
(2) Science, 316, 582-585
(3) (a) JACS, 129, 7004-7005., (b) JACS, 130, 16494-16495, (c) JACS, 130, 398-399, (d) JACS, 131, 11640-11641, (e) JACS, 131, 11332-11334, (f) Angew. Chem. Int. Ed., 48, 5121-5124.
(4) (a) PNAS, 107, 20648-20651, (b) JACS, 132, 10015-10017.
(5) Science, 322, 77-80
(6) (a) JACS, 131, 10875-10877,(b) JACS, 132, 13600-13603.