『有機化学X論文アワード2023』結果
総評
明けおめ~ことよろ~!
去年の11月から12月にかけて開催した『有機化学X論文アワード2023』(開催要項はこちら)の結果発表を2023年12月29日のYouTube生配信で行いました。
YouTubeだけだと誰が受賞したのか後で振り返りにくいので、受賞者をまとめるために結果をblogでも紹介します。
まず応募総数は43人でした、ありがとうございました!
応募論文はどれもレベル高く、バイオ系や物性系、材料系など多岐にわたり読んでいてとても楽しく勉強になりました。審査は正直「えいや」で決めるしかありませんでした。なので、今回受賞しなかったからといって落ち込まないでください。正直ほぼ運です。
一方で、受賞した方はおめでとうございます。私とスポンサーの審査員で審査させていただいたわけですが、キラキラ輝いて見えた論文を選出させていただきました。
皆様もぜひチェックしてみてくださいね!
最優秀賞 by もろぴー&丸善出版
アマギフ1万円と分子模型を手に入れたのは…こいつだ!
Ryoma Shimazumi
Aromatic nitrogen scanning by ipso-selective nitrene internalization
Science 2023, 381, 1474.
T. J. Pearson, R. Shimazumi, J. L. Driscoll, B. D. Dherange, D.-I. Park, M. D. Levin
ベンゼンをピリジンにしちゃうぞ~という嘘みたいなミラクル反応。
原理としては忘れられた古い反応に、秀逸なアイデアをプラスした。また、ただ賢いだけでなく酸化剤の選択あたりに狂気的な検討がうかがえる。論文の流れは現代タッチで仕上げられ、驚異的なクオリティ。次の方向性の一つを強烈に示す様は、今まさに有機化学に新しい潮流をもたらしている。最優秀賞に相応しい、というか最優秀賞にさせていただいてありがとうございます、というレベルの論文。おめでとう!!
優秀賞・審査員特別賞(←優劣はない)
アマギフ5000円を手に入れたのは…こいつらだ!
イカした分子賞 by 某大学教員
新藤研究室(学生公式)
A Strategy Based on “Ambident Anthracene” for the Synthesis of Higher-Order Iptycenes
Chem. Eur. J. 2023, doi.org/10.1002/chem.202303687.
Takayuki Iwata,* Mizuki Hyodo, Ryusei Kawano, Mitsuru Shindo*
この論文のpdfを開いた瞬間「イプチセン大好きぃい~!!」って声が聞こえた。嘘だと思うなら試してみてほしい。
イプチセンつなげるために反応を設計し、原料を作り、異性体を分離する…収率も高くない工程もある…苦労を乗り越え合成を達成する姿はまさに狂気。合成おめでとう!
創薬ちゃん賞 by 叢雲くすり
poire (Miku N.)
Uncommon Arrangement of Self-resistance Allows Biosynthesis of de novo Purine Biosynthesis Inhibitor that Acts as an Immunosuppressor
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 26883.
Michio Sato, Sakurako Sakano, Miku Nakahara, Yui Tamura, Kodai Hara, Hiroshi Hashimoto, Yi Tang*, and Kenji Watanabe*
以前、面白い活性がある分子を菌から発見。今回、菌からとってきた分子は菌に聞けと、菌の自己耐性遺伝子をヒントに従来とは異なるタイプの抗がん剤に応用できるかもしれない知見を得た。 すごい!専門外ですが、バイオ研究の最先端に触れられました!
ナノカーボン賞 by 山本貴博先生
organic chemist
Synthesis of Peripherally Annulated Phenanthroporphyrins
Org. Lett. 2023, 25, 3049.
Kota Muramatsu, Tetsuo Okujima*, Shigeki Mori, Nagao Kobayashi* et al.
まず綺麗な分子合成おめでとうございます!できた分子だけ見ると「どうやって合成すんねん」と思いましたが…全合成とはまた違った美しい合成ですね! また、物性、結晶解析、計算などなど丁寧にやられていて、合成センスだけでなく誠実さを感じました!
未来産業化学賞 by もろぴー同僚
Yumeng Liao
Nickel-Catalyzed C(sp3)–O Hydrogenolysis via a Remote-Concerted Oxidative Addition and Its Application to Degradation of a Bisphenol A-Based Epoxy Resin
J. Am. Chem. Soc. 2023, doi.org/10.1021/jacs.3c09061.
Yumeng Liao, Kohei Takahashi*, and Kyoko Nozaki*
カチカチの熱硬化性樹脂をニッケル触媒で分解。よほど効率が良くないと難しいはず。樹脂の再生に貢献する素晴らしい成果。
松田bioconjugation賞 by 松田豊
西山
A Proximity-Induced Fluorogenic Reaction Triggered by Antibody–Antigen Interactions with Adjacent Epitopes
Angew. Chem. Iint. Ed. 2023, 62, e202306431.
Kentaro Nishiyama, Hiroki Akiba*, Satoshi Nagata, Hiroaki Ohno* et al.
酵素反応やバイオ合成とは全く異なる、生化学に基づく有機合成アプローチ。2つの分子を手に持ってくっつけるような単純明快さがある。抗原の上で抗体の相互作用利用したら二分子近づく…って言ってることはわかるが、本当にそうなるのがマジですげぇ!驚きに満ちた一報!
ラジカル反応賞*二枠 by 某国立大助教
Yuki Fujimaki
Merging the Norrish type I reaction and transition metal catalysis: photo- and Rh-promoted borylation of C–C σ-bonds of aryl ketones.
Chem. Sci. 2023,14, 1960.
Yuki Fujimaki, Nobuharu Iwasawa, Jun Takaya
古典的光反応と金属触媒反応の奇跡のマリアージュ。まさかこの二人がくっつくとは私含め、世界の誰も思わなかったでしょう。古典反応から最新反応まで精通していないと絶対できない仕事です。途中頭によぎったアルデヒド経由もしっかり否定されKO。参りました!!
d_okumatsu
Photoexcitation of (diarylmethylene)amino benziodoxolones for alkylamination of styrene derivatives with carboxylic acids
Chem. Sci. 2023, DOI: 10.1039/D3SC06090J.
Daichi Okumatsu, Kensuke Kiyokawa, Manabu Abe, Satoshi Minakata et al.
オリジナル超原子価ヨウ素窒素試薬を使った三成分反応開発。いい!原理こそ既知反応に類似してるものの、よりシンプルに仕上がっていて素敵です!さらに反応機構解析もしっかりされていて脱帽。この前のエノラートの化学からこっちに展開されるんですねぇ。
TCN計算実験理論学際賞*二枠 by TCN
Hiro
Sacrificial Mechanical Bond is as Effective as a Sacrificial Covalent Bond in Increasing Cross-Linked Polymer Toughness
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 23794.
Hirogi Yokochi, Daisuke Aoki*, Roman Boulatov* Hideyuki Otsuka* et al.
この論文マジすごでした!
まず実験計画が超卓越してると感じました。特にフルオレンまでやっちゃうのはヤバいと思います笑。超分子と物性を扱う分野の人間にずっと読まれる不朽の名作でしょう。実験者の優秀さはもちろん所属研究室の重厚な歴史も感じました。
ラムダ@MTG
Record Ultralarge-Pores, Low Density Three-Dimensional Covalent Organic Framework for Controlled Drug Delivery
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202300172.
Yu Zhao, Saikat Das,* Taishu Sekine, Haruna Mabuchi, Tsukasa Irie, Jin Sakai, Dan Wen, Weidong Zhu, Teng Ben,* Yuichi Negishi*
世界最小のデッカい穴を作る! 一見不思議なニュアンスの言葉だが、やりたいことはシンプル。シンプルだからこそ、突き詰めるのは無茶苦茶難しい分野だ。 この論文の分子は4.7nmの世界最大の穴に0.1g/cm-1という極小の密度。いや〜そんな有機化合物があるなんてね…!ウルザもびっくりしていることでしょう。
優秀賞*三枠 by Ken & sin有機化学
そういちろう
Total Synthesis and Structure Revision of (+)-Lancilactone C
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 14587.
Hidetaka Kuroiwa, Soichiro Suzuki, Kazuhiro Irie, and Chihiro Tsukano*
この論文前から読んでました!新しい反応を開発しつつ、バッチリ全合成決めて、それで実は提唱構造が間違ってたことを明らかにして、もう一度正しい構造を作り直す!壮大なドラマのような論文。実験者の感動が読み手にも伝わってくる…!すごい論文だ、これは。
Kohei Sambe
Ferroelectric Organic Semiconductor: [1]Benzothieno[3,2-b][1]
benzothiophene-Bearing Hydrogen-Bonding −CONHC14H29 Chain
ACS Appl. Mater. Interfaces 2023, 15, 58711
Kohei Sambe, Takashi Takeda*, Tomoyuki Akutagawa* et al.
強誘電体と半導体特性という基本的に両立しない要素を初めて両立した有機分子。
調べながら読んでいるうちに「ん?これヤバない?すごくね?」という気になってきた。俺が専門外なだけだろうか?専門家に聞いてみた。
「おー…端的に凄い分子です!これは」やっぱり~!GJです!
長崎大白川研:Nishiyori, o.k., 太紀
Org. Biomol. Chem. 2023, 21, 4002. R. Nishiyori, T. Mori, S. Shirakawa*
Adv. Synth. Catal. 2023, 365, 1496. K. Okuno, B. Chan, S. Shirakawa*
J. Org. Chem. 2023, 88, 7830. T. Mori, K. Abe, S. Shirakawa*
長崎大白川研究室から3人ご応募いただき、関連する内容かつ甲乙つけがたく素晴らしかったので三人まとめて優秀賞とさせていただきました!
独自の有機触媒で、有機化学のフロンティアを広げる新しい不斉反応を開発。「君の触媒にできなくても、俺の触媒ならできる!」といわんばかり。研究の内容だけでなく、研究に対する姿勢を見習いたくなる論文です。
裳華房図書プライズ*五名 by 裳華房
以下の受賞者に図書カードネクスト3000円を進呈!
てぃらさき
クエン酸と糖類を用いた環境にやさしい高分子材料の合成
https://drive.google.com/drive/folders/1-3oYL0W9K4ZcnCL2wcaR5zsZHfrni1wf
なんと高校生の方が応募してくれました!高校生って部活でこんなガチ化学するの!?高校生の渾身の卒業研究、皆さんも読めますので、ぜひご覧あれ!
Jinnn
Update of the Imine-Anion-Mediated Smiles Rearrangement: Application to Migration of Electron-Neutral/Rich Aromatic Groups
Synlett 2023, DOI: 10.1055/a-2219-5767
Shunki Jinno , Tomoko Kawasaki-Takasuka , Keiji Mori*
以前に開発した連鎖的なスマイルス転位を拡張。電子求引基なくても進行するのはびっくり!そして実は一段階目のアリールリチウムにトリックあるという。種を知って二度びっくり! 見落としがちなところをしっかり拾い上げ、自分の化学を広げた素晴らしい研究です!
ぐち
Thermotropic Colloidal Liquid-Crystalline Hydroxyapatite Nanorod Hybrids Containing a Forklike Mesogen
Helv. Chim. Acta 2023, 106, e202300053.
Junya Uchida, Ryuta Kiguchi, Riki Kato, Takashi Kato
骨の成分が液晶みたいにふるまう。有機と無機が交錯する面白い論文!
Kairi Umeda
Isolation and Structure Determination of Akunolides, Macrolide Glycosides from a Marine Okeania sp. Cyanobacterium
J. Nat. Prod. 2023, 86, 11, 2529.
Kairi Umeda, Arihiro Iwasaki*, Raimu Taguchi, Naoaki Kurisawa, Ghulam Jeelani, Tomoyoshi Nozaki, and Kiyotake Suenaga*
沖縄の海から末端アルキン、ジエン、大員環構造を持つ変わった化合物が採れた!全合成屋はよだれを垂らしていることだろう。頭が痛くなるほどの複雑なNMR解析は圧巻で、さらに生理活性も調べていて「これが本物の天然物化学だ!」と言わんばかり。もう尊敬!
Daigo Hayashi
Palladium-Catalyzed Skeletal Rearrangement of Substituted 2-Silylaryl Triflates via 1,5-C−Pd/C−Si Bond Exchange
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202313171.
Daigo Hayashi, Tomohiro Tsuda, Ryo Shintani
今回随一の何が起こったのかわからん反応!反応機構見ても「え〜まじ!?」となるが、そう解釈するしかない驚きの分子変換。さらに凄いところが、論文の仕上げ方。論文分けても良さそうな別タイプの反応が三種類が贅沢に一報にまとめられている。器の大きさを感じました。
閉会の辞
まず参加してくれた方々、ありがとうございました。
正直、単なる有機化学好きのおっさんの企画にこれだけの現役プレイヤーが乗ってくれたことに驚きました。本当に感謝申し上げます。いずれの論文のレベルも高く、皆さんのこだわりや思いも詰まっていて、読んでいて本当に楽しかったです。その分、論文読んでコメント書くのは超大変でした……(笑)
そして本企画を支援してくださったスポンサーの皆様もありがとうございました。
こんな受賞率高く、賞金が出る学生メインの学術賞は有機化学史上初だと思います。本当にありがとうございます。そして有機化学頑張っている若手を応援しよう、という人がこれだけたくさんいるという事実が私は嬉しいです。
初めての試みで見切り発車の多い部分が多く、正直すべての論文に私がコメントするのは無理がありました(笑)。来年はやり方を工夫して、また開催したいと思います。2023年は論文出してなくて参加できなかった人も、今年は論文出してぜひご応募ください!!
この企画を思いついたきっかけ
この企画をやろうと思ったのは私が『俺を獲れ』というプロ格ゲーマーの梅原大吾さん主催のオーディション企画に出演したことがきっかけになっています。(ケムステ記事はこちら)
このオーディションの結果、私は一年間梅原さんからYouTube活動をスポンサードいただいています。最近の私のYouTube動画には以下のエンドカードが表示するようになっています。
つまり、全く異分野のゲーマーが『有機化学にお金を出してくれている』すごい状況です。
「ウメハラさんが有機化学にお金出してくれるなら、俺もお金(少額ですが)・時間・労力を有機化学に使わなあかんやろ!」
この思いから『俺を獲れ』をお手本に『俺の論文を読め』を企画しようと思いました(*学振の申請書や就活の履歴書で使うことを考え、『有機化学X論文アワード』という名前に変えました。)
なので、この有機化学X論文アワードはウメハラさんの影響で始めたということになります。
YouTube活動に対するスポンサードはもちろん、今回の企画のきっかけをくださったウメハラさんに感謝申し上げます。
格ゲーはプレイするのも楽しいですし、観るだけでもめっちゃおもしろいです。
まぁとりあえず日本初のプロゲーマーであるウメハラさんがどんな人か知るために、とりあえずこの動画を見てくれ!
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