稲川晃太論文#1
Sequential ring-opening and ring-closing reactions for converting para-substituted pyridines into meta-substituted anilines
Org. Lett. 2021, asap. (doi.org/10.1021/acs.orglett.1c02225)
Tatsuya Morofuji,* Kota Inagawa, Naokazu Kano*
今回の問題はこちら
4-phenylpyridine(1)があります。これを以下の反応A, B, Cで化合物2ができる反応機構を書いてみよう!
形式的に芳香環の構成原子の入れ替えとC-Hアミノ化が組み合わさった奇妙な分子変換です。ピリジン環がベンゼン環になっているし、さらに置換パターンがパラからメタに変わってしまっています。さて、いかがでしょうか?かなり難しい問題だと思います。解ける人はほとんどいないかもしれません。というのもこの反応は、最近我々が論文で発表した研究成果になるんですね!
ちなみに解答は一番下に載せています!
楽しいから
この反応は以前に発表したベンゼン環構築反応の応用になります。(以前の論文)
合成的に意味あるの?と言われると、半泣きになりながら「あるわけねーだろ、バカ」と言い返すしかないのですが、ありふれた試薬のみ用いて、ここまで不可解かつシンプルな反応を開発できたことは非常にうれしいし、何より楽しいんですよね。形式的には、かなり困難なトランスフォーメンションだと思います。
有機反応開発を研究するうえで、いろんな価値観があると思うのですが、この論文は「僕が楽しいと思う有機化学」をうまく体現してくれているように思います。
学生インタビュー
この研究に取り組んだ稲川君にインタビューをしました!
稲川 晃太(いながわ こうた)
M2 (2021年7月現在 M2)
あなたが思うこの研究のポイントは?
ピリジン環の骨格と置換パターンが変わってしまうところです。以前に先輩が報告した研究と違って、ピリジンのNをCHに代えて、さらにアミノ基を導入できるところが面白いところです。
この研究をするにあたって苦労した点は?
まず研究の最初の段階で再現性が取れなくて苦労しました。反応条件や実験操作をかなり検討しましたね。また、論文にする際には、一つの基質につき、それぞれピリジニウム塩・ストレプトシアニン・目的生成物すべてのデータを集める必要があって大変でした。
あとは…実験でストレプトシアニンを扱っていると、手とガラス器具が黄色くなって、綺麗にするのも地味に苦労しました(笑)。
この研究をする上で、一番うれしかったことは?
学会で「面白い」というコメントがもらえたことですね。化学の中で「凄い」でなく「面白い」と言ってもらえるのは、どちらかというと型破りな新しいことができたのだな、と思えました。
あと、たくさんの新規化合物を作って、反応が広がっている感じが楽しかったですね。
この研究を通して何か学んだことや自分のためになったことはありますか?
一定のペースでやっていても、一定のペースの進捗にならない、ということを学びました。
論文化のための最後のデータ集めなど、進展が遅くなる時期はつらかったですが、そういうものであると、最初から計画しなければならないと実感しました。
今M2ですが卒業までの意気込みをどうぞ!
正直…論文もう一本はきついですよね…
でも研究は今しかできないことなので、精一杯やり切りたいと思います。
とりあえず、今のテーマを「あとはやるだけだ!」と後輩に託せるところまで持っていきたいですね。
インタビューの所感
でました、稲川渾身の一本になります。今回話をして、やっぱり稲川頭いいよね~と思いました。
自分がやっている研究はつい愛着から「俺の研究、面白いし、凄いし、最強!」と思いたくなるものですよね。少なくとも僕はそういう傾向が強いです。ある種の盲目さといっていいかもしれません。
そんななか、インタビューを見ても何となく伝わると思いますが、稲川はこの研究のポイントは「面白さ」であると認識していて、それを「凄い」ときっちり分離したうえで、楽しんでいるんですよね。修士でそこまで自分の研究をはっきり位置付けられていることは、すごいことだなと本当に思います。
そして頭いいだけでなく、ゆるふわな見た目と優しい性格で後輩からの頼られ率はNo1。
卒業までにもう一報論文を出すのは流石に難しい…という現実的かつ冷静な判断をしているが、遠慮は必要ないぞ!さらに後輩にいい所見せようではないか!(笑)
解答
*推定反応機構になります。
A: SNAr反応によるピリジウムの合成
B: ピリジニウムとアミンの反応によるストレプトシアニンの合成
C: 鍵の(5+1)環化反応。ストレプトシアニンのC2-C3は単結合性により回転できる。それに対し系中で発生した硫黄イリドが付加し右上のスルホニウムを与える。塩基でジメチルスルフィドが脱離し、左下のトリエン中間体が得られる。トリエンは電子環状反応によりヘキサジエンを形成し、最後にアミンが脱離することで目的化合物へ変換される。
ね?簡単でしょ?
コメント
興味深い反応ですね(*^^*) 1-13C標識されたベンゼン化合物を合成するのに使えそうだと思いました。その場合は13Cの原子効率を上げるために、硫黄イリドを工夫しなければなりませんが。