現代化学コラボ企画第三回
ついに三回目になりました。現代化学とのコラボ企画。(一回目・二回目)
毎月、現代化学の編集さんから「今月いける?締め切り二週間くらいで!」みたいな連絡が来て、がんばって書いているもろぴーです。
今回はケイ素化学の論文を紹介します。本記事のもう少し詳しめに書いたものが現代化学2019年12月号に掲載されています。そちらもご覧あれ!
ケイ素でシクロブタジエンのジカチオンを作る!
A Stable Aromatic Tetrasilacyclobutadiene Dication
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 14987−14990.
Xiaofei Sun, Thomas Simler, Ravi Yadav, Ralf Köppe, and Peter W. Roesky
芳香族性と反芳香族性とHückel則
芳香族性の厳密の定義は難しいが、Hückel則では「平面に存在し、かつ環でつながったπ電子の数が4n+2になると、その化合物は安定になり、芳香族性を持つ」と言われている。一方で、π電子の数が4nであると、その化合物は不安定化し、反芳香族性を持つということになる。
教科書的には、芳香族化合物としてベンゼン、反芳香族化合物としてシクロブタジエンが例としてよくあげられる(図1)。また、シクロブタジエンから電子2個奪うか、与えるかすると、π電子の数が2または6になる。このようなシクロブタジエンのジカチオンおよびジアニオンは芳香族性分子となる。
図1. ベンゼンとシクロブタジエン ジカチオン ジアニオン
これまでのケイ素のシクロブタジエン
以上はすべて炭素での話だが、周期表で炭素のすぐ下にあるケイ素でも同じなのだろうか?
そんな素朴な疑問に答えるために、ケイ素のシクロブタジエンやそのジカチオン及びジアニオンを果敢に合成した研究者たちがいる。
2004年、関口ら:ケイ素シクロブタジエンジアニンA1:計算化学により、環のゆがみから芳香族性を持たないことが明らかになっている。
2011年、松尾、玉尾ら:ケイ素のシクロブタジエンB2。Bは環電流がないことから、非芳香族性分子と結論付けられた。
2011年、井上、Driessら:Cは、形式的に4π電子にもかかわらず、芳香族性を示す化合物として報告された3。
2013年Soら:Dも形式的に4π電子であるが、2π, 2σ, 2つの孤立電子対が非局在化し、芳香族性を示す興味深い特性が明らかになった4。
図2. ケイ素のシクロブタジエンおよびその誘導体
つまり、驚くべきことに、これまでのケイ素のシクロブタジエン誘導体は、全然Hückel則に従ってなかったんだ!
Hückel則に従ったケイ素の芳香族性シクロブタジエンジカチオン
ならばHückel則に従ったケイ素四員環化合物を作ってやろうというのが、今回紹介する論文の著者であるRoeskyらである。彼らはアミジン配位子を持つクロロシリレン1とビスシリレン2をNaBPh4存在下反応すると、ケイ素のシクロブタジエンジカチオン3が赤い結晶として得られることを見出した(図3)。
図3. 芳香族性を示すケイ素のシクロブタジエンジカチオン
お~!ずいぶん簡単に合成するね!(゜O゜)
X線構造解析の結果、ケイ素の四員環はほぼ完ぺきに平面かつ正方形であることがわかり、ケイ素ケイ素結合の長さはいずれもほぼ同じ長さ(2.2550(6)-2.2718(7)Å)で、ケイ素ケイ素単結合(~2.35Å)とケイ素ケイ素二重結合(2.12-2.25Å)の長さの間に位置することがわかった。これらの数値は、2π電子が共役し、非局在化していることを示唆し、古典的なHückel芳香族性の必要条件を満たすことを示唆する。実際に計算化学によりNICS値*注を求めたところ、-17.4と負であり、3は芳香族性分子であることが示された。
芳香族性のため、この分子は熱的安定性も高く、アセトニトリル中で80℃に加熱しても分解せず、さらに二酸化炭素、四塩化炭素、硫黄、白リンともまったく反応しなかった。
この手の化合物でそんなに安定ってのはびっくりだね!\(^o^)
*注:NICS値 芳香族性を評価したい分子の環の中央、またはその近くにダミー原子を配置して計算を行い、そのダミー原子のNMRのケミカルシフトの変化を示した値。この値が負だと芳香族性分子であることがわかり、正だと反芳香族分子であることがわかる。
所感
炭素のシクロブタジエンジカチオンおよびジアニオンは古くからその存在が知られ、Hückel則の予測する通り芳香族性を示すことが知られていた。一方でケイ素のシクロブタジエン類縁体は、いくつか合成されているが、炭素の時は基本であったHückel則に即した芳香族性を持つ分子はこれまでなかった。
そして2019年になって今回の報告により、Hückel則の予測する「わかりやすい芳香族性」をもつケイ素のシクロブタジエンジカチオンがようやく合成された。本成果はケイ素化学において重要な成果といえるだろう。
それにしても、炭素からケイ素に代わることで、ここまで構造が変わるのかと、改めて驚かされる。次はどんな分子ができるのだろうか?今後の研究展開も楽しみだ。
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参考文献
(1) Lee, V. Y.; Takanashi, K.; Matsuno, T.; Ichinohe, M.; Sekiguchi J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 4758−4759.
(2) Suzuki, K.; Matsuo, T.; Hashizume, D.; Fueno, H.; Tanaka, K.; Tamao, K. Science 2011, 331, 1306−1309.
(3) Inoue, S.; Epping, J. D.; Irran, E.; Driess J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 8514−8517.
(4) Zhang, S.-H.; Xi, H.-W.; Lim, K. H.; So, C.-W. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 12364−12367.
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