有機化学で香料とは何か考える
香り創りという芸術
私は会社にいたとき、香料に関する部署に所属していたんですよね。
そこで、少しだけ香りの勉強をさせてもらったのですが、一番面白かったのは香りの作り方、つまり「調香」だ。
僕らは普段、「香りがどう作られているか?」なんて考えない。でも、実は香りを作る専門家「調香師(パフューマ―)」という人たちがいて、己が尊厳をかけて全身全霊で香りを創作している。
そう、香り創りは芸術だ。
絵画や音楽では容易に想像つくと思うが、芸術には一定のセオリーがあって、そこに芸術家の個性を載せていくものだ。香り創りもそれと同じで、調香師の個性や直観はもちろん大事だけど、それの土台となるセオリーがある。
今回の記事では香りのセオリーを有機化学と絡めて、眺めてみよう。
香料素材の分類
そもそも香りというのは、有機化合物の混合物である。一つの化合物がいいにおいを発しているのではない。
じゃあ、どんな化合物を混ぜるんですか?という話になるが、まず香料素材はトップノート・ミドルノート・ベースノートの大きく三つに分けて考えられる。
トップノート
揮発性の高く、香りの初めの印象を決定づける香料素材である。香調としてはシトラス・グリーン・フルーティーな素材が多い。
レモンの香料でおなじみリモネンは本当に単品でレモンの香りがする。レモン味の何かを作るには欠かせない素材だ。
cis-3 hexenol は芝生を濃縮したようなにおい。単品ではかなり不快であるが、適切な量を入れると香りにインパクトを与えることができ、重要なグリーン香調素材だ。
小さいエステルは酢酸エチルからも想像できるように、フルーティーな香りがする。エステルの置換基によってどんなフルーツ様を示すか変わるわけだが、manzanate はかなり強いパイナップルの香りがして印象に残っている。
ミドルノート
揮発性は中程度で、香りの中心的役割を決定づける香料素材である。香調としてはフローラルなお花を想像させる素材が多い。
例えばゲラニオールは薔薇の主要香気成分である。誰もが絶対好きないい匂いの代表で、みずみずしい、さわやかな香りがする。
また、β-ダマセノンも薔薇の香気成分であるが、ゲラニオールと異なり、ほんの微量しか含まれていない。しかしながら香り全体に与えるインパクトは抜群で、ほんの少し入るだけで香り全体が非常に華やかになる。単品で嗅ぐとえぐみを感じて、正直いい匂いでないが、少し足すと全体を調和させるという不思議な素材だ。
aldehyde C-14 peachはアルデヒド骨格がないのにアルデヒドの名前がついているラクトン香料だ。単品で嗅ぐと確かにアルデヒドっぽい感じがあるが、これも適切な量を配合すると桃のフルーティーな香りがする。めちゃくちゃいい匂いです。
ベースノート
揮発性は低く、香りの土台となる香料素材である。鼻に最後まで残るような印象を受ける香調である。香水の残り香や、石鹸の手についたにおいなどが、それにあたる。
アルドール反応で合成される hexyl cinnamaldehyde(HCA) はジャスミン調の香りで、汎用的に広く用いられるベース素材だ。
石鹸の何とも言えない、いい匂いはムスクと呼ばれる香調から成る。下に示すムスコンはムスク素材の代表で、非常に上品な香りがする。
全体を俯瞰してみると、トップ・ミドル・ベースになるにつれ分子量が大きく、揮発しにくそうになっていることがわかる。
つまり、「分子構造によって、香りとしての役割が変わる」ということができる。
香りの構造
香りとしての役割は、香り全体の構造を考えるうえで非常に重要だ。
嗅いだ直後にトップノートを感じて、次いでミドルノートで味わい、最後にベースノートが鼻に残る。
これら全体のバランスで香りの印象が決まる。
このようなセオリーを踏まえ、各素材の特徴や性質を生かして、調香師は香りをブレンドし、全体として調和のとれた香りを作っていく。例えば、香りにインパクトが足りないならトップノートを加えてみたり、全体的に奥行きがない場合はベースノートを足してみたりする。
すなわち、有機分子構造はその素材の役割を規定し、香りの構造に密接に結びつくことで、香り創りにセオリーを与えている。
香りを創るということ
こうしたセオリーに加え、自身の経験やセンスを融合して調香師は香りを作っていく。
これは本当に専門的な知識がないとできない業で、調香師は香りの素材何百種類を一つ一つを正しく把握している。素人がまねしようとしても、まず無理。
そういうプロが魂を込めて創った香りが、我々の身の周りにあふれていると思うと、なんだか贅沢な世の中ですよね(*^-^*)
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外部リンク
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