本記事はDavid J. Gorin, F. Dean Toste, Nature 2007, 446. 395. “Relativistic effects in homogeneous gold catalysis”(参考文献1)を大いに参考にしている。
金の一般的イメージ
金は高い金属の代名詞で、装飾品によく用いられているイメージがある。
なぜ装飾品に用いられるのか?その理由は主に以下の2つの理由が挙げられる。
1. 錆びない
金は錆びない。これは金の低いイオン化エネルギーに由来し、反応性がきわめて低く空気と反応しないことを意味する。ずっと錆びずに光沢を維持できるので装飾品にはぴったりだ。
2. 独特の色
金は金色の名の通り黄色い光沢を持った金属で、こういった有色の金属は珍しい。
図1. 金の装飾品。ゴージャスだ。
この2つの理由から金は装飾品に用いられる。
あれ?そういえばなんで金は銀より錆びにくく、あんな色に見えるんだろう。
金の特徴と相対論効果
金の色と錆びにくさを説明するには実は「相対性理論」を用いなければならない。
詳しい導出は私にとって理解不能のため省くが、単純化された原理はこうだ。
・大きな原子になるほど電子の速度が非常に速くなる。
・金くらい大きい原子になると電子の速度は光の速さに近づく。例えば1s軌道の電子の速度は光速の58%ほどになり、このレベルになると相対論効果が無視できなくなる。
・光速に近づくと、止まった状態より電子の質量が増える。(ここが相対論効果)
・すると電子はより核に引きつけられ、s軌道は収縮し、安定化される。
・s軌道が近づくと、外側のd軌道やf軌道は電荷のバランスを取るため逆に外に張り出す事になる。つまりd軌道とf軌道のエネルギーは上がる。
小難しいけれど、金はでかくて電子が速いので
相対論効果の影響を強く受け、s軌道は安定に、d軌道は不安定になる。
ってことだけ把握すればOK。
それを示したのが下図のAgHとAuHの結合エネルギーの比較。Rは相対論効果込み、NRは相対論効果を考慮していない計算結果。
いずれも相対論効果によってs軌道とd軌道が近づくが、金のほうが圧倒的にその効果が大きい。
図2. AgHとAuHの結合エネルギーの比較。Rは相対論効果込み、NRは相対論効果を考慮していない計算結果(参考文献1より引用)
これによって金の様々な特異な性質を説明できる。
相対論効果による金の特徴の説明
1. 錆びない
6s軌道が収縮して安定であるため、電子が取れにくい。つまりイオン化エネルギーが高くなって酸化されにくくなる。
2. 色
先程も述べたように相対論効果により6s軌道と5d軌道のエネルギー差が小さくなる。
その結果、紫色や青色の領域の光で励起されるので(=青色や紫色を吸収し)、あの金色に見える。
触媒になった時も重要な相対論効果
均一系の金触媒として塩化金がよく知られている。ソフトで強力なルイス酸として知られているが金触媒の性質も相対論効果で説明できる!
1. 一価と三価をとれる。
AuClとAuCl3のようにAu(I)とAu(III) がある事はよく知られている。
イオン化エネルギーが高く酸化されにくいはずなのに三価をとれる。
なんか一見矛盾している。(-_-)
でもこの矛盾も相対論効果で説明できる!
1つ目の電子は6s軌道から、2つ目と3つ目はd軌道の電子が取れる。
よって1つ目の電子は安定化されているのでなかなかとれないが、一方d軌道のエネルギーは上がっているので電子が取れやすくなっている。
そのため金はイオン化エネルギーが高いにも関わらず、三価の状態も取ることができる。
2. 強力なルイス酸
ソフトな性質は金原子の大きさから説明できるが、
なぜ金触媒はあんなに強いルイス酸性があるのだろう?
その理由も相対論効果で、s軌道が収縮して安定化されて、LUMOが押し下げられるからである。
よって電気陰性度も高く(Au=2.54, Ag=1.93)ルイス酸性も強い。
図3. 金触媒の代表的な反応:アルキンのヒドロアミノ化反応。アルキンに配位してLUMOを活性化する。(参考文献1より引用)
そうかー(^O^)
金が錆びずに独特の色をして装飾品に用いられている事と均一触媒で特異な反応性を示す事は相対論効果で繋がってたんだね( ´ ▽ ` )
化学も本質を理解するためには物理が欠かせないね。
まー私は物理苦手で全然わからんけど(^_^;)
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