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Scienceで先越された研究の反応機構を訂正する論文出した話

 
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プロトン化で光環化付加が加速する

Protonation-enhanced reactivity of triplet state in dearomative photocycloaddition of quinolines to olefins

Tatsuya Morofuji,* Shota Nagai, Youhei Chitose, Manabu Abe, Naokazu Kano*
Org. Lett. 2021, asap. (doi.org/10.1021/acs.orglett.1c02026)

事件は起こった

僕らの研究室に2020年度に入ってきた4年生の永井君(以下、永井)は、卒業研究でこんな反応を研究することになった。

ヘテロ芳香環の一種であるキノリン類のベンゼン環が脱芳香族化するキュートな光反応だ。この分子変換が起こっていることがわかったときは本当に驚いたし、興奮したものだ。永井はその後もいろいろ苦労しつつ、実験を重ねることで、この反応がある程度一般的であることを明らかにした。これはいい論文になるだろうな~と思っていた。

そして僕らはこの研究をより良いものにするべく、この反応のメカニズムの詳細を解明するため、広島大学の安倍学先生に共同研究をお願いすることにした。安倍先生は光化学・反応化学・ラジカルのプロフェッショナルで、この手の反応機構の解明は得意中の得意だ。安倍先生に研究の経過を説明し、共同研究を申し込んだところ、快く共同研究を引き受けてくださることになった。

そして3月26日、僕と永井は広島大学でしかできない実験を行うべく、新幹線で広島大学へ行くこととなった。

行きの新幹線に乗ってスマホをいじっていると、研究室の修士の学生から一通のLINEが来た。

「このScienceの論文1、永井の反応とそっくりですけど、大丈夫ですか?」

え、まさか先超されちゃった…??論文を確認してみる。

…んーどれどれ…なるほど…なるほど…

はい、どう見てもほぼ同じ反応です。本当にありがとうございました ― 完 ―

でも論文にする

研究は一番であることが重要である。二番に意味はない。なのに、永井の研究とほぼ同様の内容の論文が先に出されてしまった。僕らのやってきた研究はすべて水泡に帰してしまうかもしれない… しかし、すでに新幹線に乗っているので、とりあえず広島大へ向かうしかない。居ても立っても居られず、新幹線のなかで、Scienceの論文を真剣に読む。すると反応機構の解釈に違いがみられた。この反応は酸によるヘテロ環のプロトン化が必須なのであるが、その効果をScienceの論文は「光触媒からのエネルギー移動の促進」だと説明していた(下図左)。

その可能性を否定する予備データを、僕らはすでに持っていた。僕らは「プロトン化の効果は三重項励起状態の反応性を高めること」と考えていた(上図右)。この解釈の違いは反応機構の根幹に関わる部分である。ここを明確にすれば論文になるに違いない。まだ、死んではいない。そう思って、安倍先生の研究室の門をたたいた。

まず、安倍先生と安倍先生の研究室の助教である千歳先生とディスカッションをすることになった。ほぼ同様の反応が先に報告された以上、当然、予定通りにはいかない。ここで本当に感謝するべきことに、安倍先生や千歳先生は先を越されたことに決して悲観的になるのではなく、現状の中で化学の新しい知見を深め、論文にしていくための建設的な議論をしていただいた。そして議論の結果、正しい反応機構をきちんと解明できれば論文にできるはず、という結論に至った。

実験を開始。千歳先生にずっとついていただき、ひたすら永井と実験を繰り返す。この時の永井の慣れない環境・実験操作の中で長時間ミスをしない集中力には舌を巻いた。思うようなデータが得られなくても、千歳先生に二の矢、三の矢を次々と提案していただき、途中難航したものの着実に実験データを出すことができた。そして得られたデータを安倍先生とディスカッションさせていただき、再び実験する。熱狂の6日であった。

そして、実験と計算化学の両面から、僕らの説が確かめられ、論文にまとめることができた。僕としては初めての反応機構のみに焦点が当たった論文である。このような研究成果が世に出せたのも永井の努力はもちろん、安倍先生と千歳先生に共同研究をしていただいたおかげだ。

三重項の反応性がプロトン化で大きく変わることを示した本研究は、今後、エネルギー移動を介する様々な光反応を理解する上で重要な知見になると確信している。

インタビュー

この研究に取り組んだ永井君にインタビューしました。

永井翔大 (ながい しょうた)
M1 (2021年8月現在)

あなたが思うこの研究の一番のポイントは?

提唱された反応機構を訂正し、正しい反応機構をしっかり発信できたことです。反応自体は先を越されてしまいましたが、ある部分において、すごい研究者たちでも見いだせなかったことを、自分たちはしっかりできたのかな、と思います。てか、反応機構で何か言う余地があってよかったですね(笑)

この研究をするにあたって一番苦労した点は?

日々の努力も大変でしたが、広島大での実験が印象に残っています。短い期間で、必ずデータを出さないといけませんでしたし、なにより安倍先生と千歳先生に、お忙しい中、本当に手厚くサポートしていただき、絶対に期待に応えたいと思って6日間詰め込んで頑張りました。

この研究を通して何か学んだことや自分のためになったことはありますか?

頑張ることが楽しいんだな、ってことを知ったことですかね。サボりがちだった学部生のときから環境が急に変わって、気が付いたらのめりこんでいて。研究してなかった自分と比べて、自分で考えるようになったり、そもそも何かを頑張ろうと思える点で、自分の成長を実感できています。

さて、次の論文はいつまでに出しますか??

今年中には必ず出します!!

お、言ったな(笑)(^o^)

インタビューの所感

でました、永井のデビュー論文です。

上述の通り、卒業研究の内容が海外のグループに先を越されるという悲劇があり、その点は非常に残念でした。実際に論文がでた今なお、unpublished resultsの量はなかなか膨大です。しかし、こんな状況でもネガティブにならず最善を尽くせるのは、永井の素質でしょう。

特に、広島大学で見せた集中力は本当にすごかったです。俺だったら絶対終わらなかった。

考えてみると、永井は入ってきたころとかなり変わったなぁ、と思います。頼る場面も随分増えました。そういう学生の姿を見るのはやはり楽しいものですね。

あ、あと今年中に論文出すそうなので皆様覚えておいてください!(笑)

(1) J. Ma, S. Chen, P. Bellotti, R. Guo, F. Schäfer, A. Heusler, X. Zhang, C. Daniliuc, M. K. Brown, K. N. Houk, F. Glorius, Science 2021, 371, 1338-1345.

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