五十嵐郡論文#2
Terminal-oxidant-free photocatalytic C–H alkylations of heteroarenes with alkylsilicates as alkyl radical precursors
Chem. Commun. 2020, accepted. (doi.org/10.1039/D0CC03286G) open access
Gun Ikarashi, Tatsuya Morofuji, Naokazu Kano
反応の概要
有機ケイ素化合物を酸化して、炭素ラジカルを発生させることについて考えよう。
図1. 有機ケイ素化合物からラジカルを発生
中性のケイ素化合物は安定で様々な反応条件にも耐えうるが、一般的に一電子酸化が難しく、ベンジル位やヘテロアトムの隣にケイ素がある場合にしかラジカルを発生させることができない。つまり発生できるラジカルの種類が非常に限られることになってしまう。
これを打破するのがFensterbankらによって近年精力的に研究されているビスカテコールシリカートである(参考文献1)。五配位アニオン性のシリカートは酸化電位が低く、多様なアルキルラジカルを発生させることができる。しかしビスカテコールシリカートは酸に弱く、酸性条件の反応に用いることができないという問題があった。実際に酸性条件のラジカル反応の代表であるMinisci反応は、ビスカテコールシリカートを用いて行うことはできない。
図2. 従来合成に用いられてきた有機ケイ素化合物
酸にも強く幅広いアルキルラジカルを発生させることができる有機ケイ素化合物があれば、便利な新しいラジカル前駆体になるにちがいない。
今回、我々はC,O二座配位子をもつアルキルシリカートが酸性条件にも耐え、かつ幅広いアルキルラジカルを発生できることを明らかにした。これにより有機ケイ素化合物を用いた一般性の高いMinisci反応を実現することができた。
図3. 本研究
…と、まぁここまではわかりやすい内容であるのだが、不思議な現象も同時に見出された。このシリカートを用いると、通常Minisci反応に必須である酸化剤が必要なかったのだ。反応がクリーンになって非常にいいことではあるが、あまりに不可解。詳しいメカニズムは調査中であるが、中間体の観測およびその反応性を調べたところ、光脱水素化が関与しているものと考えている。
いかつい分子を使おう
狩野研究室で助教を初めてから、マーチンのスピロシランの存在を知ったんですよね。
マーチンのスピロシランは、そのいかつい風貌とは裏腹に、下式のように一工程で作ることができます。この合成綺麗だよね。そして、この骨格のすごいところは、求核剤と反応したとき構造的・電子的要因で五配位状態を安定化することができる点です。五配位化合物の多くはめちゃくちゃ安定で、ちょっとやそっとでは壊れません。
図4. マーチンのスピロシランと五配位状態
結果を振り返ると、本シリカートの安定性を利用して、狙い通り酸性条件の反応を開発できたし、加えて酸化剤不要という予想外の反応性も見えてきました。典型元素の分野では、昔から知られている骨格ですが、この分子の利点を合成的観点からうまく引き出すことができたんじゃないかなぁ、と思います。
そしてサイエンスではない部分で重要な点ですが、本論文はクラウドファンディングの支援を受けて発表された(たぶん)日本初の有機化学の論文です。支援してくださった皆様の目に見える形にできて本当にうれしく思います。こういう支援を初めて受けた有機化学者として、絶対に成果を出そうと思っていたので、正直ホッとしています。
改めて支援してくださった皆様に厚く御礼申し上げます。
まだ、このシリカートを利用した研究を発表する予定なので、そちらも楽しみにしてください☆
学生インタビュー
この研究に取り組んだ五十嵐君にインタビューしました!
五十嵐 郡 (いからし ぐん) *い[が]らしではないぞ!
2020年7月現在:化学メーカー勤務
受賞歴:第43回有機電子移動化学討論会ポスター賞受賞
あなたが思う、この研究の一番のポイント(大事なところ)ってなんでしょ??
古くから知られているマーチン配位子を有するアルキルシリカートの化学と、近年流行しているphotoredox触媒の化学がうまくハイブリットできたところです。
典型元素と光触媒反応という異なる分野がうまく組み合わさったからこそ生まれた成果で、学問の進歩としては王道で真っ当な研究だと思います。
この研究をするにあたって、一番苦労した点ってなんでしょ?それはなんで?
メカニズムの解析に苦労しました。Minisci反応自体は古典反応で、当初はすぐ解明できると思っていたのですが。。。できることを一つずつ試して、ちょっとずつ進めましたね。
この研究をするうえで、個人的に一番うれしかった瞬間は?
酸化剤がいらなくても反応が進行することは、本当に予想外で驚くとともに興奮しましたね。加えて、その特殊な条件に基質一般性があったことも驚きでした。
この研究を通して何か学んだこと、自分のためになったことはありますか?
Minisci反応のような50年以上研究されている反応でも、まだわからないことがあることを実感できました。
昔は研究のことを一部の天才の営みかと思ってもいたんですが、今は好奇心さえあれば誰にでも開かれたもの、と思えるようになりました。少し、研究に対して自由に考えられるようになったと思います。
卒業されて、今企業で働かれているわけですが、大学の研究室で研究している学生に何か一言お願いします
今、会社で働いていて、改めて研究頑張ってよかったなぁ、と実感しています。
有機化学の知識が、今の業務に直接役に立つ場面はそれほどないですが、仕事でも『自分で考えて動く』ことができるのは、研究してきたからだと思っています。
基礎研究に打ち込めるのは、今しかないと思うので、その時間を大事にしてほしいですね。
インタビューした所感
「修士の間にfirst authorで論文出したいです!」
五十嵐君がある日、そんなことを言いだした。あれはいつだったか。正直に言うと、私は時間的に厳しいと思った。実験もまだまだたくさんしなきゃいけなかったし、論文執筆も初めてで、卒業までの期間は一年もない。普通は無理でしょ?
でもそこからの五十嵐君の頑張りは本当にすごかった。卒業までに本研究を完成させるべく、本当に卒業直前まで実験&論文執筆をしていました。その頑張りがこういった目に見える形になるのは実に感慨深い。
すごいよ、まじで。
企業では有機化学と全然違う内容の仕事をしているそうだが、新しいことに取り組むことが楽しいらしい。
「きっと、偉くなるんだろうなぁ~」なんて卒業生の姿を見て思えるのは、この仕事冥利に尽きるのであろう。
参考文献
(1) V. Corcé, L.-M. Chamoreau, E. Derat, J.-P. Goddard, C. Ollivier, L. Fensterbank, Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 11414.
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