塩基性条件の加水分解と酸性条件の脱水縮合
勇樹 | 博士課程二年で専門は有機化学。金がなくて家庭教師を始めた。話は脱線しがち |
理香 |
そこそこの進学校に通う女子高校生二年。受験も遠く意識低め。勇樹の授業はできるだけさぼろうと話をそらす。 |
大学一年生の定期テストでおなじみ
勇樹 | 高校でこういう反応は習ったよね。
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あぁ~ エステルのけん化と酸の脱水縮合ですね。 | |
勇樹 | さて、この反応の”反応機構“はどうなっているだろうか? |
え?反応機構?この式を丸暗記してただけですけど・・・ | |
勇樹 |
まぁ、無理もない。 でも大学では、「なぜこの反応が起こるか?」が非常に重要になってくる。実際にエステルの加水分解と脱水縮合の反応機構を書かせる問題は、大学の定期テストでよく出てくる。 今日は自分で反応機構書けるようになろう! |
エステルの塩基性条件での加水分解
今回は酢酸エチルの塩基性条件での加水分解を考える。
酸素の電気陰性度が炭素の電気陰性度よりも高いので、カルボニルの根元の炭素はδ+になっている。なので塩基であるOH-はカルボニルの根元の炭素に求核攻撃し、四面体中間体を与える。
図1. 塩基性条件における四面体中間体の生成
一つの炭素に複数の酸素がついた四面体中間体は基本的に不安定だ!なので以下の二つの反応どちらかが進行する。
(a) エトキシの脱離:酢酸を与える。
(b) OH-の脱離:原料に戻る。これは逆反応だね。
(b)の逆反応なので考えても反応が前に進まない。今回は(a)のように反応が進んだと考えよう。
図2. 四面体中間体はどうなるのか?
ここで重要なポイントが一つ。
(a)で与えられる生成物はカルボン”酸”なんだ!つまり、さらに塩基と反応することができる!
図3. カルボン酸の中和過程は不可逆
そして、この中和は”不可逆“なので反応全体でも不可逆となる。
不可逆?? | |
勇樹 |
反応が一度進行すると、元には戻らないってこと。今は、反応がきっちり進行すると思えばいいのかな。 このことは次の酸による脱水縮合と対称的だ。 塩基性条件の加水分解の反応機構をまとめると以下の図4のようになる。 |
図4. 塩基性条件のエステルの加水分解反応機構塩基性条件のエステルの加水分解反応機構まとめ
酸触媒によるエステルの脱水縮合
では、今度は酢酸とエタノールから酸触媒によって、酢酸エチルを作る反応を考えよう。
図5. 酸触媒によるエステル合成の反応式
普通に酢酸とエタノールを混ぜるだけでは、反応しないので酸触媒(H+)によるアシストが必要だ。カルボニル基は酸素がδ−になっているのでH+は酸素に配位する。このとき下のような共鳴構造を考えることが大事だと思う。共鳴構造は書き方が違うだけで、本質的には同じものを指す。
図6. プロトンの配位
どちらの共鳴寄与で考えてもいいけど、僕は右から考える方が好き。炭素カチオンとエタノールが反応する。そうするとカチオン性の四面体中間体が生成する。やはりこれも不安定だ。もとに戻る反応も起こる。つまり、可逆反応って事。
図7. カチオン性四面体中間体の生成
ここで、平衡でプロトンを移動させてみよう。すると今度はエタノールでなく、水が抜けそうなことがわかる!
図8. プロトンの移動
水が抜けて生じたカチオンの共鳴寄与を考えよう。
図9. 脱水と脱プロトン化による酢酸エチルの生成
あっ!酢酸エチルにプロトンが配位した化合物になってる!! | |
勇樹 |
その通り!あとはプロトンが離れてカルボン酸とエタノールからエステルが合成できるわけだ!ちなみにこの時、酸は消費されておらず触媒として働く。つまり、1個のH+が10個も100個もエステル作る過程に関わるってこと! 酸性条件の脱水縮合の反応機構をまとめると以下の図10のようになる。 |
図10. 酸性条件のエステルの生成反応機構酸性条件のエステルの生成反応機構まとめ
勇樹 | あと大事なのは酸触媒によるのエステル合成はすべての過程が”可逆“なんだよね。 |
だから可逆とか不可逆とかなんなんですか!!? |
可逆な反応
不可逆な反応は、わりと素直に「こういう反応が進行するんだな」って捉えておいて問題ないと思う。
でこの単元で大事なのは酸触媒によるエステル合成のような“可逆な反応”だ。この反応式の意味するところを考えよう。
→:酢酸とエタノールから、酸触媒によって酢酸エチルと水ができる。
←:酢酸エチルと水から、酸触媒によって酢酸とエタノールができる。
つまり、酸触媒の反応は加水分解にも使えるのだ!
え?じゃあ、結局どっちができるんですか? | |
勇樹 | これは反応条件でコントロールすることができる。平衡を偏らせるんだ! |
どうやって!?? | |
勇樹 |
高校でルシャトリエの原理を習っただろう。 ルシャトリエの原理はざっくりいうと「平衡系を変化させたとき、変化が小さくなるように平衡は偏る」ってもの。 |
!?イミフ! | |
勇樹 | まぁ、一般的にいうとわかりにくい。なので反応式で考えよう。エタノールを増やすと平衡はどうなると思う?? |
エタノールが増えたから・・・平衡はエタノールが減るようになる?? | |
勇樹 |
そう!すなわち平衡は右に偏って、反応がエステルができるようになるんだ! 実際にエステルの酸触媒による合成ではアルコールを溶媒に用いて、アルコール大過剰にすることが多い。 |
勇樹 | 逆に加水分解するにはどうすればいいだろう? |
平衡が左に行くようにするから、水を増やすってことですか?? | |
勇樹 |
いいね!その通り!水を増やすとできるだけ水を消費するように平衡が偏って、反応は加水分解側に偏る。 増やした原料を消費するように反応が進行する、と直感的にとらえられるね。 |
自分で反応機構書けるようになろう
いやぁ~ エステルは酸触媒の縮合で作って、塩基で加水分解ってのを丸暗記してただけなんですけど、実際にはこんなにややこしい感じなんですねぇ~・・・ |
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勇樹 |
まぁ、最初は大変だよね。 大学の定期テストで反応機構書かせる問題が多いので、反応機構は自分で書けるようにしよう。 あと、「加水分解がなぜ不可逆か?」「可逆な酸性条件の脱水縮合の平衡を偏らせるにはどうすればいいか?」などよく聞かれるので絶対に抑えよう。 |
ん~。反応機構書いてあることわかるんですけど、自分で書くって大変ですね。 | |
勇樹 | それは訓練よ!しっかり反復して書けるようにしておこう。
今度テストするからね。 |
げっ・・・ |
次回へ続く
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(1) カルボニルの反応性②エステルの加水分解
(2) カルボニルの反応性③酸触媒によるエステルの合成および加水分解の反応機構
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