研究者向け「すごい分子 世界は六角形でできている」の書評というか感想

書評

科学を誰にでも楽しめるように書くということ

すごい分子 世界は六角形でできている

佐藤健太郎 著

佐藤さんの新刊が出た

有機化学美術館はご存じだろうか?まぁ、このサイト見てくれている人なら、だいたい知っているだろう。

専門家でも、有機化学をまったく知らない人でも「あぁ、おもしろいなぁ」と思うような有機化学にまつわる話がたくさん書いてある。

科学記事で誰が読んでも面白いって、本当に難しいこと。あまり科学になじみのない人でもわかるように科学を書くと、つい薄っぺらい半分嘘みたいな説明になりがちだが、佐藤さんは専門家が読んでもおもしろい記事を書ける。

神業とか魔術の類だと私は思っている。

私もわりと「学部生や修士の人にもわかるように」と意識して、いろいろ書いたりしているけど、佐藤さんの文章はもっともっと対象が広い。高校生や文系の人が読んでも楽しめるだろう。

普段から「なんで有機化学をこんなにおもしろくかけるんや??」と思ってた私は、今回そういう目で佐藤さんの新刊を読んでみた。

ちなみに読み物としては当然おもしろい。有機化学美術館のようなノリで、カーボンナノベルトなど最新のトピックがバンバンでてくるのだ。おもしろくないわけがない。ただ今回、中身については「ええから、はよ買って、読め」ですませておく。

今回は研究者向けに、「科学を誰にでもわかるように伝えるための表現」で勉強になったなぁ、すごいなぁ、と思った点をつらつら書いてみる。

 

芳香族化合物の特性を説明する

分子も、余裕のない状態でできることには限界があります。「余り物」が寄り集まってハーモニーを奏でることで、それまでになかった素晴らしい機能の数々が出現するのです。

「余り物」とは何のことかといえば、電子のことです。

(中略)

芳香族化合物は、その「余り物」の電子によって互いをひきつけある性質がありますから、統制の取れた集団になりやすいのです。

例えば、我々のDNAは、(以下省略)

すごい分子 世界は六角形でできている より引用

この一節は、前書きから引用しました。

まず、何がすごいって、芳香族化合物の電子を「余り物」って表現するってすごいよね。しかも「余り物」が余裕を生んで、ハーモニーを奏でるっていう説明。

不飽和結合のπ電子のエネルギー準位が高く、機能を発現するカギになっていることを、こんな風に言えるんですねぇ。

そして流れるように、誰にでもなじみのあるDNAの説明に入っていく。

私も有機化学専門でやってるけど、「そっかぁ、DNAが芳香環を選んだのは、理由があるのかぁ」と新たな気付きがあった。

すごい。わかりやすいのに深い。

専門的な内容を、一般的に使われる言葉に翻訳しつつ、本質はこぼさない。

なかなかまねできない業だが、科学をわかりやすく伝えるうえで”翻訳”はひとつカギになりそうだ。

 

ベンゼンを酸化してフェノールを得る事について

フェノールは非常に重要な化合物で、樹脂の材料や医薬の原料になるわけだが、その合成法は案外難しい。

ベンゼンを酸化してフェノールを得ることが一番シンプルでよさそうだが、これはなかなか難易度の高い分子変換である。

なぜ難しいかというと、一般的にフェノールが原料のベンゼンよりも電子豊富で酸化されやすく、過剰酸化が起きてしまいやすいため、都合よくフェノールだけ得ることが難しいからである。

さてここで問題です。このベンゼンの酸化によるフェノール合成の難しさを、どう表現すれば、科学に馴染みがない人にもわかりやすいでしょう??

 

答え

崖から岩を落として、斜面の途中で岩を止めろというようなものであり、化学者にとって大きな未解決課題のひとつです。

すごい分子 世界は六角形でできている より引用

わかる、、、!これなら中学生でもわかる。しかも正しい。

この表現、、、いただきました(^O^)!

よく練られた例えは、科学をわかりやすく伝える上で強力なツールになりそうです。

 

フェロセンの神秘性

フェロセンの構造を初めて見たとき、「え?こんなんあんの?」って誰もが思ったはずだ。

それは昔の偉大な化学者も思っていたようで、その発見秘話が本書でつづられている。ウッドワード先生はじめとするエピソードは、本当におもしろい(*^-^*)。例によって中身は「ええから、はよ買って、読め」ってことで、驚いたのがフェロセンの特徴の描写だ。

フェロセンの特徴はいくつかあって

・化学的に安定
・サンドイッチ型の構造
・安定な酸化還元

私の感覚からすると、一番面白くない特徴は「化学的に安定」という部分だ。フェロセンみたいな鉄錯体が安定という驚きはあるけど、若干専門的な驚きであるし、まぁ安定ということは、要はなんにもならないだけだからね。

そんな中、佐藤さんがフェロセンの安定に関して記述したのが次の文章。

これほど安定でありながら、自然界に全く類例がないというのは珍しいことで、フェロセンは「神様が作り忘れた分子」のひとつといえるかもしれません。

すごい分子 世界は六角形でできている より引用

そうか、あんなに安定なのに自然界にはないのか・・・!

あぁ、フェロセンの安定性って神秘なんですね(手のひらクルー)

 

所感

きりがないのでこれくらいにしておく。

いやー、科学をわかりやすく伝えるって本当にすごいなぁ。ずっと尊敬してるんですよねぇ。

この有機化学論文研究所も有機化学美術館からもじって名前つけたんです。ちなみに佐藤さんが館長を名乗ってたので、私は所長を名乗っている。ミーハーです、はい。

あと、ブログ始めてから、佐藤さんのすごさがよりはっきりとわかりました。

あんなにわかりやすく、面白く書けないですよねぇー。

科学になじみのない人から専門家まで楽しめる科学記事を書く能力を、自分の中で Universal Scientific Writing と勝手に名付けてます。

この Universal Scientific Writing はこれから研究者にとってすごい大事になると私は思うんですよねぇ。そういった表現法を学ぶうえでも非常に勉強になりました。

単純に内容を読むだけでも面白いですが、こういう表現に注目して読んでも面白いと思います☆ヽ(^o^)丿

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